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1991年12月25日にミハイル・ゴルバチョフが辞任した事によって、ソ連が崩壊します。1992年元日、ロシア連邦が成立しました。その後、1991年6月12日に行われたロシア共和国大統領選挙でボリス・エリツィンが当選します。

社会主義ソ連には私有財産がありませんでしたが、ロシア共和国になってからは、市場経済の導入、民営化が実施されていく事になります。市場経済の導入が急速に進められた事によって、1992年には、前年比2510%ものハイパーインフレとなり、民衆の貯蓄・資産が打撃を受けて、多くの人は食べる事にも事欠くようになりました。

そこで今度は政府系企業の株式を個人に放出して、株式を個人が自由に売買できる様にしていきました。ここにきて新興財閥が急激に力を伸ばしていきます。更には、政府による財政赤字の補填を行う為にエネルギー産業などの国営企業が株式を担保に金融機関から融資を受けられるようにした政策(株式担保型民営化)も行いました。

新興財閥は「オリガルヒ」は、エリツィンの親族とともに「セミヤー」と呼ばれる側近集団を形成して、腐敗の中で勢力を更に拡大しました。、1998年8月17日にロシア経済危機が発生します。1999年12月31日にエリツィンは辞任して、首相であったプーチンを後任として指名しました。90年代は、エリツィン大統領と新興財閥が結合して勢力を伸ばした時代だったと言えるでしょう。

1、ベレゾフスキー
(ゴッドファーザーの異名で、国営テレビ局ORT株49%を保有)

2、グシンスキー
(ロシアのメディア王の異名で、民放最大手NTVなど保有)

3、ホドロコフスキー
(石油最大手ユコス社長)

4、アブラモービッチ
(ベレゾフスキーの子分で、ベレゾフスキ
ーからORT・石油大手シブネフチ株を買い取る)

5、ミハイルフリードマン
(ロシアの巨大グループであるアルファグループを握る)

7、ポターニン
(インターロスグループ。傘下にノリリスクニッケル。ノリリスク・ニッケル社社長のミハイル・プロホロフとはビジネスパートナーの関係)

2000年になると、エリツィン路線を引き継ぐボリス・ベレゾフスキーがプーチン氏を中心として「統一」という政党を結成して支持します。2000年3月にプーチンが選挙で勝利し大統領に就任しました。

プーチン氏は、新興財閥から政治が力を取り戻す事を目指して、メディア王であるグシンスキー、そしてゴッドファーザーのベ
レゾフスキーを横領・脱税などの容疑で逮捕状を出していきます。グシンスキーは00年6月に逮捕された後、国外に脱出。ベレゾフスキーはイギリスに脱出しています。また、ユスコ社長のホドロコフスキーは03年10月、横領・脱税などの容疑で逮捕されます。
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